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「ランチェスター戦略」 は使えるか? | TamLab 授業のおもちゃ箱

「ランチェスター戦略」 は使えるか?

科学技術

福田 秀人:ランチェスター思考 競争戦略の基礎,東洋経済新報社 (2008)

タイトルは短くしすぎました。正確には,『「ランチェスター戦略」は工学や教育の分野でも使えるか?』です。

ランチェスターの法則とランチェスター戦略

「ランチェスター戦略」とは1972年に日本で提唱された「競争的な市場での販売戦略」です。ランチェスター戦略に関する書籍は1970年代から次々に刊行されてミリオンセラーになり,実業界から広く支持された,ということです。

本書の刊行は2008年です。昨今の経済状況を考えると,ランチェスター戦略という販売戦略に対する評価も変わってきているだろうし,内容もアップデートされているだろうと思います。 販売戦略としての妥当性は私には判断できないです。(経済とか経営という分野は全くの素人で,「お小遣い」の管理すらまともにできない人間なので・・・。)

しかし2008年に刊行された本書を読む限り,工学や科学技術分野での問題解決にも役に立ちそうなことが多く書かれていると感じました。こういう本を読んでみようと思えるのは,図書館のよいところかもしれません。

ランチェスター戦略は,F.W.ランチェスター(Frederic William Lanchester)が1916年に提唱した戦闘における兵力と損失に関する法則(というか仮説)に基づいています。この法則は,日本では「ランチェスター法則」と呼ばれ,競争戦略論として発展・普及したそうです。戦争・戦闘という,殺し殺されるという状況を経営に当てはめることが妥当なのか,という批判は当初からあったようです。

本書によると,ランチェスターの法則は以下のようなものになります。

①ランチェスターの一次法則(一騎打ちの法則):
一騎打ちの場合、武器の性能が同しなら、戦闘力は兵力(兵士の数)に比例する。
*同能力の兵士が10人対7人で戦えは、少数側が全滅した時、多数側は3人生き残る。
②ランチェスターのニ次法則(集団戦闘の法則):
互いに相手の部隊に無差別に発砲する集団戦闘の場合、武器の性能が同しなら、戦闘力は兵力の2乗に比例する。
*同性能の機関銃が10丁の部隊と7丁の部隊の戦闘では、戦闘力は100(10の2乗)対49(7の2乗)となる。結果、7丁の方が全滅した時,10丁の方は,7丁以上が生き残る({\normalsize \sqrt {100-49}= \sqrt {51}} ≒ 7)。
これらは、「集中の威力、分散の危険」と、「兵力劣勢側が、優勢側に勝つ条件と、いくらがんばっても勝てない限界」を示す。(p.16)

戦闘における法則だから当然ですが物騒なことが書いてあります。相当に簡略化した数理モデルから導出された結果のようです。でも,このシンプルなモデルから,集団戦では戦闘の結果に及ぼす兵力の影響は線形ではなく非線形で効いてくる,という大事なことがわかります。

田岡信夫は,1972年に,このランチェスター法則に基づく次のような経営戦略を提案しました。

①弱者の戦略:強者と正面から戦うのを避け、局地戦、接近戦を挑む。
②強者の戦法:弱者との接近戦を避け、間接的、遠隔的な確率戦を挑む。
〔注〕田岡は軍事用語の集団戦闘を確率戦と読み替えた。(p.16)

そして,この基本的な考え方に基づいて経営に関する様々な問題に対応するための戦略(やるべきこと,やってはいけないこと)を提案しています。特徴としては,わかりやすい数値目標を設定していることです。例えば,市場占拠率の目標数値モデルというのが提案されています。

市場占拠率の目標数値モデル
①上限目標値 74%:絶対的な独走状態。
②安定目標値 42%:安定的な強者の位置。独走態勢に入る。
③下限目標値 26%:弱者と強者の境目。トップになることもあるが不安定。
④上位目標値 19%:弱者のなかの相対的強者。伸びるか、落ちるか不安定。
⑤影響目標値 11%:存在がマーケット動向に影響を与え、注目される。
⑥存在目標値  7%:存在が競合社として認められる。
⑦拠点目標値  3%:存在自体が無視されるが,なんとか存在できる。(p.15~16)

有効数字は2桁もいらないだろうと突っ込みたくなりますが,わかりやすいことは確かです。市場の3/4(75%)を占拠すれば圧倒的な一強になれる,何とかトップと互角に渡り合うためには1/4(25%)は確保したい,・・・などと考えればよいわけです。

戦いと戦略

本書もそうですが,経営戦略は軍事戦略をお手本にしたものが多いような気がします(「ヤじるし」の個人的な感想です)。経営者は「戦い」が好きなのかもしれません。

本書では戦争の定義として「一種の暴力行為であり,その旨とするところは相手に我が方の意思を強要するにある。」という言葉を紹介しています。これに対しビジネスにおいては「戦いとは,自らの意思の実現を妨げる障害を克服するための活動である。」と再定義しています(p.73)。この定義なら,販売以外の様々な分野,例えば研究や開発あるいは学生さんや社会人の勉強に関しても,使えるかもしれません。

つまり,実現したい意思があり,その実現を妨げる障害があり,それでもあきらめないときに戦いが生まれ,戦略が生まれる(p.74),ということです。そして戦略とは「実現したい意思を明確にし,その実現を妨げる障害を特定し,それを克服する課題と対策をまとめたもの」となります。

上のように定義した戦略について,いろいろ書いてあります。系統立てて説明はできないのですが,面白いと思ったことを紹介します。

  • 戦略と計画は違う(p.82),戦略とは仮説である(p.84)
    本書では,戦略は計画を立てることとは違うということを強調している。戦略は「将来の予想から現在の行動を決定する」もので,「将来の予想から将来の行動を決定する」計画とは正反対の概念である。戦略とは仮説であり状況に応じて変えていく(p.34)。
  • 撤退基準を示す
    「勝てそうにもない場合に撤退する基準」を標準化しておく。
  • ドクトリンは変えない
    一方,簡単に変えてはいけないのがドクトリン(教義)である。ドクトリンは組織ごとに異なっていて,例として「浮利を追うな」,「法に触れないことは何でもやれ」,「リスクをとってもチャンレンジせよ」,「リスクを取るな」などが挙げられている。

戦略とは仮説であり,状況に応じてアップデートしていくべき,という考え方は理工系の分野と親和性があります。科学の理論体系は「仮説を立てそれを検証する」ことを繰り返して作られてきています。仮説というのは間違っているかもしれないことを前提とします。ですから科学での仮説は「反証可能性」や,それと対になる「観測の再現性」を持つことが特に重要になります。仮説は「こういう条件でこういう現象が観測されたら,仮説が正しいこと(あるいは正しくないこと)が検証される」というものとセットになります。

「理論は間違っているかもしれない,ツールは最適ではないかもしれない」という意識を持ち続けることが大事なのでしょう。工学で実用的なシステムを作る場合も,システムが誤動作する可能性や,設計者の誤りを検出する仕組みを考えて作っていくことが重要になります。

研究・開発・学習に応用できるか?

ランチェスター戦略は著者が「数字付き常識論」と書いていることからわかるように,考え方はそれほど目新しいものではありません。重要なのは,体感できるシンプルな数値目標を設定する点にあります。販売戦略以外の応用例として以下の例が挙げられています。

  • 成績を上げる
    一気にトップを目指すのではなく,優れた成績の者を模範に勉強し,まず下位グループから脱出し,次に平均点を目指し,上位グループに入るようにがんばっていく。(p.21)
  • 組織の中で,これまでの方針と違う新しい提案をする場合
    できればメンバーの40%,せめて25%の賛同を得るように,根回ししておく。それがてきないなら,提案せず,25%の賛同を得るよう努力する。それでも,25%の賛同が得られないようなら,提案を中止する。(p.22)

システム開発やモノづくり,研究など分野だと,次のようになるでしょうか。数値目標をどうすべきかは,数理モデルができているわけではないので今の段階では,ちょっと難しいです。

  • システム開発
    一度に全部を完全に作ろうとはしない。分割や階層化設計を使って考える対象を絞り(局地戦),段階を追って進めていく。分割する場合のユニット数は,多くても6程度までとする。(分割のユニット数は,人間の短期記憶の容量で定まる。)

気になること

目標と手段の是非は?

「戦い」は,何かを実現したいという意思があって始まるとされています。本書の本文中では,その実現したいことの是非ついては触れられていません。また,戦略を決める際に従うべき理念=ドクトリンについても同様です。この点については本書の末尾の矢野の特別寄稿「ランチェスター戦略の課題 ― 倫理を基底に据えた経営戦略の追及」で課題として指摘されています。この寄稿の中で矢野は「企業戦略は倫理を踏まえた,社会的に受容されるものでなければならない」としています。そのような方向にランチェスター戦略が進化してきたのか,また,これから進化していけるのか,が気になるところです。

勇ましいことをいうときは・・・
ランチェスター戦略は,軍事戦略をお手本としています。経営者は「戦い」のアナロジーが好きみたいなので,勢い,勇ましい物言いが多くなるのかもしれません。でも,私の経験では,

人間は敵が遠くにいるときほど勇ましくなる (「ヤじるし」の個人的意見)

という仮説を持っています(同じことを言っている人が他にいると思いますが)。人が勇ましい威勢のいい発言をするのは,まだ対峙すべき問題を把握していない可能性が高いように思います。勇ましい発言をしていた人が,現実と直面するとたちまちトーンダウンしてマニュアル通りの対応しかできなくなる,という例は多いかもしれません。

日本のIT系産業は大丈夫?

日本のIT系産業で,今後,世界で支配的になる分野,例えばAIや半導体などでの市場支配率が非常に低くなっているという記事を目にしました。ランチェスター戦略で提唱する市場占拠率の目標数値モデルでいうと「存在自体が無視されるが,なんとか存在できる」という3%を切っているようです。とても心配になります。今後は「存在できないくらいの弱者が盛り返すための戦略」を考えないといけないのかもしれません。

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