「まだまだかわいそうが足りないぞ」 弱者の残酷な復讐 [One of my favorite sayings.]

読書

金田鬼一:完訳 グリム童話集 2 岩波文庫,「犬と雀」岩波書店(2017) より

原文(ドイツ語)は以下で読むことができます。

Der Hund und der Sperling https://www.grimmstories.com/de/grimm_maerchen/der_hund_und_der_sperling

一度は言ってみたいセリフ」・「私の好きな言葉」シリーズの第2回です。

Otto Ubbelohdeによる挿絵

毒を含んだ因果応報譚

まだまだかわいそうが足りないぞ」は,ドイツ語の原文では”Noch nicht arm genug.”,英語だと,”Not yet poor enough.”でしょうか。相棒の犬を殺された雀が仇である馬方うまかたに対して言い放つ言葉です。その前の馬方のセリフ「やれやれ、おれもかわいそうなおとこだなあ」(”Ach, ich armer Mann!” )に対して雀がこの言葉を言い返す場面が6回繰り返されます。おとぎ話でよく使われる「同じセリフや出来事の繰り返し」が効果的です。

馬方は,相手が弱いと見て侮り,雀の友達である犬を轢き殺してしまいます。そこから,雀の復讐が始まります。雀は弱く,馬方に対して直接暴力をふるうことはしません。しかし,狡猾に素早く立ち回り,時には多数の仲間を呼び寄せて襲い掛かります。「まだまだかわいそうが・・・」が繰り返されるたびに、馬方は積み荷の葡萄酒、馬、・・・と次々に財産を失い、追い詰められていきます。

財産をすべて失った馬方は最後に命まで無くします。しかし、彼の財産や命を奪ったのは直接には雀ではなく、馬方自身の持つ暴力装置(ここでは馬方の妻や馬方自身がふるう棍棒)によってなのです。

このおとぎ話は、

  • 弱い者を侮ってないがしろにすると,とんでもない目に合う
  • 人を滅ぼすのは自分自身が頼っている武器によってだ

ということ教えてくれます。でも、そんなお行儀のよい「教訓」より「まだまだかわいそうが足りないぞ」の持つ強烈な毒が強い印象として残ります。

こういうセリフに惹かれるのは、私も心の中にその毒を持っている弱い者だという意識があるからでしょう。「まだまだかわいそうが足りないぞ」と言ってやりたい、そういう境遇に陥って欲しいような人たちが世の中にはいっぱいいるような気がします。

また、もしこのような事件が現在の世で起きたら、SNSには「そんなところに寝ていた犬が悪い。ひき殺されたけど、それは自己責任だ。」「荷物を速く運ぶことのもたらす経済効果社会全体の利益の前には、老いぼれた犬や雀の都合などは無視しても良い」という投稿があふれそうです。でも、こういう意見を持つ人たちは、自分が轢き殺される立場になるかもしれないことは想像もしないのかもしれません。

と、エラソーに書きました。でも、何よりも、自分が「まだまだかわいそうが足りないぞ」と言われる羽目になるような行動はしないように、気を付けないといけないのでしょうね。

日常生活では以下のように使っています

「パワハラをして辞職した〇〇氏が逮捕されました。(TVのニュース)」→『まだまだかわいそうが足りないぞ!』(これは、本来の「正しい使い方」ですね)

「大変! 大した雨でないと思って窓開けっぱなしにしていたら、机の上に雨が吹きこんじゃった」「うわ、これはひどい 『まだまだかわいそうが足りないぞ』」「あはははは」(本来の用法からはずれてます。)

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